漢字の基礎知識

『説文解字』の世界(文字のおさらい)

Wikipedia)の阿辻哲次さんのご著書で、一番目に挙げられているのが、『漢字学―『説文解字』の世界 』(東海大学出版会、1985)です。

本の表紙の絵は「蒼頡の墓」に描かれた絵だそうです。(「沂南古画像石墓発掘報告」南京博物院など編 図版52))

1956年に山東省の沂南(ぎなん)で発掘された、後漢の墓に描かれていた蒼頡(文化英雄)の絵には、実際に目が四つ描かれていた・・(p23)


左側の人物で目が4つあります
右の人物は何を差し出しているのでしょうか・・


検索したところこちらの国立歴史民俗博物館のデータベースの中国画像石拓本コレクションに画像説明がありました・・・おそらく神農で、「蒼頡が差しだした草を食べています。」とあるのですが・・
逆にみえます!?


こちらの絵では、柏の葉を綴った肩かけのようなものをかけています
柏との関係は?
因みに七夕まつりで、かって(江戸時代まで)は文字を笹ではなく梶の葉に書いていたというが、カシワの葉と文字との関係は何かあるのだろうか?
文字との関係は分からないが、Wikipediaによれば、墓の横に植えあるという。
カシワ(ブナ科、柏, 槲、学名:Quercus dentata、英名: Japanese Emperor Oak, Kashiwa Oak)常緑樹

蒼頡廟は現在の陝西省白水県史官郷にあり、彼の墓の横には大きな柏が植えられている。伝説によると、その木は17mの高さで、約4700年前蒼頡によって植えられたものであるという。(byWikipedia)

おまけリンク:こちらで風景が見られます
http://www.stnn.cc:82/arts/200904/t20090416_1014530.html
http://f.hatena.ne.jp/xiaojun/20081031173602

Wikipedia 蒼頡(そうけつ、 倉頡とも。拼音: Cāng Jié )は、漢字を発明したとされる古代中国の伝説上の人物。

淮南子には「蒼頡が文字を作ったとき、天は粟を降らせ、鬼は夜に泣いた」とある

説文解字は、「蒼頡ははじめに作った文字はみな象形文字であり、これを「文」と呼ぶ。その後に形声文字が作られ、これを「字」と呼ぶ」としている。

肖像画では、蒼頡は目が四つある人物として描かれており、これは蒼頡の優れた観察力を表現したものといわれる。

現在では、蒼頡の伝説は漢字を改良した実在の人物をモデルとしている可能性はあるにせよ、漢字は単一の人物によって創造されたものではないと考えられている。

蒼頡造字伝説についての(新しい)解釈(阿辻さんの紹介p43)
貝塚茂樹「漢字の起源」(日本語の世界 3 中国の漢字

周代の詩や金文に見える 「蹌蹌」(まめまめしく修飾をもてなすことをいう形容詞)が、土地や獣の踊るステップをも表し、 倉と蹌は同じ発音であるから、「蒼頡は古代の貴人の園会の席上で、鳥獣と一緒に踊る舞手を務めた、それがもとになって蒼頡が鳥獣の足跡から文字を発明したという伝説が派生してきたのだと想像される



蒼頡たちの宴―漢字の神話とユートピア
http://leonocusto.blog66.fc2.com/blog-entry-853.html

補遺のリンク
大修館書店漢和辞典編集部http://www.taishukan.co.jp/kanji/qa01.html
(※「 蒼頡、字を製するや、天為(ため)に粟(ぞく)を雨(ふ)らし、鬼為(ため)に夜哭(こく)し、竜乃(すなわ)ち潜蔵(せんぞう)す」は淮南子の引用)
文京漢字探検隊http://collabit.net/gnkb01/pub/sheet.php?id=27600


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